精神医学の知識を生かした重厚な長編小説で知られる作家、加賀乙彦(かが・おとひこ、本名・小木貞孝=こぎ・さだたか)さんが12日、老衰のため死去した。93歳。葬儀は近親者で営んだ。
東京生まれ。名古屋陸軍幼年学校在学中に終戦を迎えた。1953年、東京大医学部卒。犯罪心理学や精神病理学を専攻し、55~57年は東京拘置所で医務部技官として拘禁心理などを研究した。その後、60年までフランス留学し、研究を続けた。同所での経験に取材した「フランドルの冬」が68年芸術選奨新人賞。精神科医ならではの筆で、正気と狂気が混在する現代を活写した。東京大付属病院精神科助手などを経て、69年上智大文学部教授。
国家に裏切られた青春像で天皇制問題に一石を投じた73年「帰らざる夏」で谷崎潤一郎賞。79年には、死刑囚の心理や、法律と拘置所の実態を通して人間の条件に挑んだ大作「宣告」で日本文学大賞。これが代表作となる。同年、上智大を退職し、創作に専念する。無実の罪と恋愛を濃密に描いた「湿原」は86年大仏次郎賞。
偉大な信仰者を浮かび上がらせた歴史小説「高山右近」(99年)も高い評価を得た。2012年には執筆に12年かけた自伝的大作「雲の都」で毎日出版文化賞特別賞を受賞。日本の戦後を見つめた大河小説で、「ぜひ若い人に読んでほしい」と話していた。
12年10月、呼びかけ人の一人として「脱原発文学者の会」(「脱原発社会をめざす文学者の会」に改称)を発足させ、社会問題にも積極的に発言した。00年日本芸術院会員、11年文化功労者。