サムスン「中興の祖」李健熙氏、平昌五輪誘致にも尽力 背任罪で在宅起訴もが死去

韓国最大の財閥、サムスングループを長年率いた李健熙(イ・ゴンヒ)サムスン電子会長が25日、ソウル市内の病院で死去した。78歳。グループを率いた四半世紀で規模を約40倍に成長させるなど世界的な企業に育てる功績を残した。ただし2014年5月に急性心筋梗塞(こうそく)で倒れて以来、一線から退いており、経営に大きな影響はないとみられる。

李会長はサムスン創業者、故李秉喆(イビョンチョル)氏の三男。早稲田大第1商学部(現・商学部)を卒業して米ジョージ・ワシントン大経営大学院を修了。グループの副会長を経て1987年、李秉喆氏の死去に伴いグループ会長に就いた。

世界で通用する質を重視する製品作りに加え、半導体などへの積極投資を行った。「妻と子どもを除き、全てを変えろ」など独自の経営論でも知られ、サムスンの「中興の祖」とも呼ばれた。半導体やテレビ、スマートフォンなどで世界首位を争う電子・電機メーカーに育て上げた。

国際オリンピック委員会(IOC)委員も務め、18年の平昌(ピョンチャン)冬季五輪の誘致に尽力した。一方、08年には秘密資金を使って政官界にロビー活動をした疑惑に関して背任や脱税の罪で在宅起訴され、会長職を退いた時期もあった。

すでに経営は李会長の長男、李在鎔(イジェヨン)サムスン電子副会長に実質的に委譲されており、今後は名実ともに李在鎔氏がトップに就くとみられる。【ソウル渋江千春】

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